叛逆の雑記帳

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山田(仮名)、障害者やめるってよ

数年前、某精神科クリニックで統合失調症と診断された。

当時20代後半。初めての精神科でそう言われた時は統合失調症のことなど全く知らなかった。

某所で精神的に困憊した状態で心理士と面談し、徒然と過去の生い立ちを赤裸々に吐露していたらその次は精神科を紹介されていた。

どのタイミングか忘れたけど診断した主治医の意見書をチラっと読んだことがある。

そこには僕が過去にアルバイトで経験したエピソードを、幻覚か何かに基づいて語っているかのように記されていた。

少し府に落ちなかったもののお医者様が判断したことだしと思ってその場は飲み込んだ。

ともあれ、精神的にも肉体的にも疲弊してはいたので確かに健常者にはみえなかったと思う。

その後、統合失調症について詳しく調べてみた。この病がかつて精神分裂病などとエキセントリックな病名で呼ばれていたことや専門的過ぎて理解しきれない記述まで色々読み漁った。当事者とネットで話したり、実際に会ったりもした。

その時していたことは、「統合失調症の症状に当てはまる自分探し」だった気もする。今思えばこれがよくなかったのかもしれない。

しばらくして精神の障害者手帳を取得してはどうかと言われたので申請してみた。結果は2級だった。

発行された手帳を帰りの電車で見つめながら、自分は統合失調症であるのかと疑う気持ちは微塵もなかった。無論、初クリニックから処方されている薬についてもだ。

約半年通った就労移行支援事業所の発表会でも私は統合失調症ですとハロワ関係者に力説したこともあった。

なんだかんだで都会から閑散とした田舎に戻ってきた時、年齢は30代に突入していた。

焦って一般就労したパチ屋は一週間で自滅し、上手くいかない原因は「統合失調症だから」で押し通した。精神科のことは伏せていたので先方からは「統合失調症ってなんですか?どんな病気なんですか?」と質問された(そりゃそうだ)。

それからあまり間を置かずに地元のデイケアに1年通うことになる。デイケア自体は酷く退屈なところだった。お年寄りや複雑な作業が難しい利用者に配慮しているのだろうけどステップアップのない単調なプログラムは苦痛でしかなかった。

なんとか訴えてデイケアから作業所B型に入れさせてもらったのだがまたしても簡単過ぎて単調過ぎる内容の繰り返しですぐに萎えた。

すったもんだあった末にこれも拒絶し、B型を紹介した病院の支援プログラムとB型の利用を共に停止。自分で1日の過ごし方を考えますとかもっともらしいことを言って縁を切ってしまった。

その後何もしない期間が半年ほど続いていたが、就労移行支援とA型作業のサービスを開始したばかりの事業所でいまは作業している。

で、お薬のほうは作業所B型の利用停止とほぼ同時に通院自体をやめたので全く服用しなくなって半年以上が経過している。

と言っても、最後のほうは精神薬自体なくしてもらっていたし睡眠導入剤は減らしていった結果1錠のみになっていたのでこれならやめちゃえと思ってやめている。精神のお薬はそもそも必要性を感じなかったし、睡眠障害も断薬してから最近までの経過は少しずつだが改善の兆しが出てきた。

そして最後に、僕は統合失調症なのかと言うと、多分、違うんですよね。

支援者の勧めもあり久しぶりに病院行ったら受付のお姉さんに「えwなんでお前来たのw」みたいなことを言われたっけ。

地元で僕を診察していたお医者様もあなたは統合失調症じゃないよねコミュニケーション能力がちょっと…みたいなこと言ってましたよ。発達かなと思うが田舎過ぎて発達の検査する病院が地元にない助けて。

とりあえず僕を障害者と規定していた精神の手帳は来年の2月までが有効期限ですが、おそらく更新はしません。
寛解にしろ元々そうでなかったにしろ、これはいまの僕にとって足枷に過ぎないのです。

いずれまた別の障害者になる日も来るかもしれないけど、まぁその時はその時で。

ということで、障害者、やめますね。